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考えることは思うことではないから考えるを定義する

事あるごとに「自分で考えなさい」と言われて育った子ども時代。でも振り返ってみても、どんなことを考えていたのかを思い出せません。

子どものころの「考える」というのは漠然と何かを思うことだと勘違いしていたように感じます。

でも大人になって改めて考えるとはなんぞや?となったときに、考えるとは思うことではないことだけは認識できました。頭の中だけで何かを思ったところで、思考が進むことってないからです。

私の中では考えることで思考が前に進み、進んだ思考の結果として何かに取り組み、物事を先に進める手段のひとつが考えることだということがわかりました。

つまり考える途中のプロセスが見えない限り、考えているとは言えないのです。考えるとは見える化すること。考える原点は書くことではないかというのが今のところの結論です。

学がなくても教養がなくても、考えることは誰もが自由にできる行為。ただ学や教養があったほうが考える自由度の幅は大きくなると感じます。そのため知識の暗記を否定することはできません。

しかし暗記だけで身につく学や教養はたかだかしれています。

デジタル時代の今こそ、「書いて考える」「考えるために書く」ことの大切さを伝えていきたいです。